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セミナー On The Net
海外研修サポートセミナー成果報告会
(2008年11月17日開催の記録をもとに加筆)

 
【第2部】
○高瀬磨理子さんの研修報告
(平成18年度文化庁新進芸術家海外留学制度研修員・演劇部門研修員)

司会 後藤美紀子(Arts Managers’Net)
それでは次に、新国立劇場の開場のときから演劇制作に携わっておられる高瀬磨理子さんにお話を伺います。高瀬さん、よろしくお願いします。

高瀬 高瀬です。よろしくお願いします。

司会 高瀬さんは、イギリスの中のウェールズの劇場で研修されました。今、「イギリスの中の」と申し上げましたが、そこから説明が必要だと思いますので、まずどこへ行ったかというお話から伺いたいと思います。

■研修先はイギリスの中のウェールズ

高瀬 最初に、ウェールズについてお話したいと思います。イギリスは、みなさんもよくご存知のように、4つの地域から成り立っています。私たちが小さいときからよく見慣れているイギリスの旗は、イングランドとスコットランドと北アイルランド、3つの地域の旗を合わせたデザインです。ウェールズは昔からほとんどイングランドの統制下に置かれていましたので、紅い龍が象徴的なウェールズの旗のデザインは、イギリス国旗には反映されていないんですね。でも、イギリスの各地に行くと、イギリス国旗よりもイングランド、スコットランド、北アイルランドの旗の方がなじみがあり、劇場前のポールなどにはためいています。ウェールズは、日本の四国ほどの大きさで、イギリスの中西部にあり、よく知られているのはカーディフという都市です。カーディフはウェールズの中心都市で、地理的には南側の海岸沿いにあります。が、私が行ったところはウェールズの北東の海に近いモルドというのどかな街でした。お手元の地図を見ていただくとおわかりのように、イングランド中西部のマンチェスターやリバプールというサッカーで有名な都市と、とても近くにあるんですね。ですから、劇場は野山に囲まれ、自然に恵まれた環境にありますが、車を飛ばせば45分くらいでマンチェスターやリバプールなどの大都市からお客様が来られるんです。そんな街にあるウェールズ・アーツ・カウンシルが指定したウェールズ・ナショナル・パフォーミング・アーツ・カンパニーのクリューイド・シアター・カムリで研修をしてきました。

司会 今、ナショナル・シアターということばが出てきましたが、「ナショナル」の意味が日本と少し違うと伺いましたが。

高瀬 はい。イギリスでは、イングランドには、ロイヤル・ナショナル・シアター(NT)という有名な劇場がロンドンにありますが、つい最近までその他の地方、スコットランドやウェールズにはナショナル・シアターがありませんでした。ナショナルということばは、日本では「国立」と訳しますが、イギリスでは「国立」というよりも、国や地域から助成を受けていて、なおかつその国や地域の人たちに文化的な還元をするという使命を受けた、公益的な活動をするという意味で使われています。ウェールズでも[0]アーツ・カウンシルが「ナショナル」と認めた団体が7つあります。クリューイド・シアターのほかに、例えば、ウェールズ・ナショナル・オペラや、ダイバージョンというコンテンポラリーダンス、文学協会、交響楽団、ウェールズ語の劇場などが、やはりナショナルの指定を受けています。
 ちなみにスコットランドで、ナショナル・シアターが出来たのは2004年です。ごく最近のことで、みなさん、びっくりなさるかもしれません。ナショナル・シアター・オヴ・スコットランドは劇場のないナショナル・シアターで、事務所だけがあり、公演する劇場はその都度借りるんです。つまり、作品を創るという意味では、一種のプロデュース団体ですね。劇場は、スコットランドにもすでにたくさんありますから、さらにお金を使って劇場を建てるより、既にある劇場やホールを活用し、作品に合った場所を借りて公演するというシステムをとっています。これが非常に成功を収めて、イギリスの国内のツアーはもとより、昨年秋にはすでにアメリカツアーを行えるような作品を作り出しています。良質で現代的なオリジナル作品を次々と発表しています。もちろん、ナショナルの柱のひとつであるラーンという教育的プロジェクトも充実しています。このスコットランドのナショナル・シアターの大成功に啓発されて、ウェールズでも新たにナショナル・シアターを作ることになりました。これも、カーディフを拠点にした劇場を持たない団体で、来年1月から準備がはじまり、2010年の秋にオープンすることになっています。

司会 ウェールズのナショナル・シアターも、ハコモノではなく、今ある劇場を利用しながら、公益性の高い事業をするということで、「ナショナル」と呼んでいるという理解でよろしいですか?

高瀬 はい、その通りです。

■どのようにして研修先を探したか

司会 高瀬さんが行かれたクリューイド・シアター・カムリは、建物がある劇場ということですが、どのようにして、その劇場を見つけたのですか?

高瀬 私の場合はラッキーで、ある通訳の友人から、クリューイド・シアターのアソシエート・ダイレクターだったティム・ベイカーさんという方が来日しているときに、ちょっと会ってみないか、と声をかけていただいたのが、この劇場に研修に行くきっかけになりました。
 新国立劇場で仕事をしている中で、「どのようにしたら、より良い環境でお客様に作品を渡すことができるのか」ということを日々考えているうちに、一度海外で劇場の活動を改めて勉強したいと思うようになったんですね。特にイギリスに行きたいと思ったのは、まず演劇の仕事は、ことばができないとコミュニケーションが取れないということと、イギリスは、アメリカと比べると公共の劇場が多いので、私が勤めている新国立に環境が似ていて、より参考になるのではないかと思ったからです。海外に行きたいと思い立ったときから、いろいろな方に相談を持ちかけていて、それで、お話したように、友人の紹介でティムさんに会ったわけです。ティムさんに会い、同じ芝居を見て感想をいろいろ話し合ったときに、その作品について思うところや、作品作りに対する考え方に、相通じるところがあったんです。それで、その時、もし私がイギリスに行くことになったら、受け入れて欲しいというお願いをしました。向こうは実現するとは思っていなかったかもしれないんですけど(笑)。

司会でも、そのときには「イエス」と言ってくださったわけですよね。

高瀬 はい、「イエス」と言っていただきました。

■研修先、クリューイド・シアター・カムリの特徴

司会 クリューイド・シアター・カムリというのは、作品を自主製作している劇場ということで、いくつか特徴がある劇場だそうですね。

高瀬 クリューイド・シアター・カムリには、劇場が2つあります。ひとつは580席ほどの新国立の中劇場を全体的に小さくしたような小ぶりなプロセニアムの舞台で、客席は階段状にかなり傾斜があり、カーブを描いて客席が並んでいます。もうひとつは、150席から200席程度に可動できる客席をもつブラックボックス型の小劇場です。このほかに、稽古場が2つと、ほかに広い多目的のスペースがあり、そこに椅子を並べれば、発表会もできるようになりました。
 この劇場の特徴は、自主制作作品の稽古やツアーも含め公演を上演する場というだけではなく、劇場の中に大道具や小道具、衣裳を作る工房があり、それぞれ専属のスタッフがいて、劇場の中でプロダクションの製作すべてがまかなわれていることです。もちろん照明や音響、ウィッグの専門スタッフもいます。ですから、稽古中に問題があっても、小道具の部署に持ち込んですぐに解決したり、稽古の合間にフィッティングをしたり、衣裳合わせをして相談ができたり、装置も背景の色具合を途中で見たりでき、コンパクトながら、とても機能的に造られている劇場だと思いました。

司会 実は、昨年度このような形で報告会をしていただきました田中玲子さんが、当時音楽ホールのフィリアホールにお勤めだったので、高瀬さんと同じようにイギリスの劇場に研修に行かれたんですが、田中さんの行かれた劇場というのは、自分のところで作る、製作をするのではなくて、ツアーをしているカンパニーが売っている作品を並べて、その地域の人にバラエティに富んだ作品を提供するというタイプの劇場だったそうです。高瀬さんも田中さんもエデュケーションを専門に研修されたのですが、田中さんが研修した劇場では、エデュケーション・プログラムも、全部作品とパッケージになってカンパニーが持っている。劇場はそのエデュケーションのプログラムの中から地域に必要と思われるものを買っているというシステムだったのだそうです。ですから、イギリスのすべての劇場がこのように演劇の工場としての機能を持っているわけではなくて、いろいろなタイプの劇場があると思っていただいてよろしいかと思います。
 特に、ウェールズということで、クリューイド・シアター・カムリでは、すべて二ヶ国語だったということですね。

高瀬 そうですね。ウェールズは、英語とウェールズ語の両方が公用語で、劇場のプログラムは公文書に当たりますから、プログラムも全部二ヶ国語表記なんです。劇場のアナウンスも、英語とウェールズ語の2回あります。劇場にはウェールズ語の芝居もかかるんですが、私はまったくわからなかったです。公立の小中学校はウェールズ語の学校と英語の学校とに分かれていますので、子どもたちは自分たちや家族、親の希望によってどちらにも行けるんですね。それで、小学校1年生から、ウェールズ語も話せる子どもたちと英語しか話せない子どもたちができるんです。家庭内、日常生活はふつうは英語で通っています。劇場には、ウェールズ語を操れる人がかなりいました。仕事中、スタッフが目の前で突然ウェールズ語を話し出すと、「私に聞かせたくない話題かな」と思ったり(笑)、ちょっと気になったりしたものです。ことば遊びやゲームのように冗談でウェールズ語をしゃべったり、あいさつなど、いきなりウェールズ語で話しかけられたりするんですけど、そういうときは困りましたね。本当にまったく違う言語ですから。もちろん、道路標識も2つの言語で書かれています。子どもたちが小学1年生ぐらいからバイリンガルになる生活と社会がとても不思議で、ウェールズの文化と歴史の奥深さを感じました。そういう意味では、文化的にも興味深いところだったと思います。

■エデュケーション部門の活動

司会 そういう中で、演劇という直接ことばを使った芸術を扱う劇場というところにいらして、特にエデュケーションという部門が活発に活動されていたそうですね。

高瀬 またラッキーなことに、ティム・ベイカーはアソシエート・ダイレクターとして、劇場の年間7本から10本あるメイン・プログラムの、2本以上を演出する一方で、エデュケーション部の中心人物でもあったんです。それで、私は、メイン・プログラムの稽古にも立ち会い、また、エデュケーションのプログラムであるワークショップや学校公演など、彼の作る子どもたち向けのプログラムにも参加することができて、とても有意義でした。
 例えば、シーズンパンフレットには、劇場で行われる催しの情報がすべて載っているんですが、その中にエデュケーションというページがあって、今劇場でどんな教育的なプログラムが行われているのか、予定されているのかが、お客様に伝わるようになっているんです。ここでは、平日夜、ほとんど毎日ワークショップが行われています。月曜日は目の見えない子や、自閉症の子、特別学級に通う子のためのワークショップを、きちっと企業からのサポートを受けてやっています。火曜日は、高校生くらいまでの青少年がやってきて、自由に興味のあることについて話したり、ゲームをしたりするクラスがあり、水曜日は高校生世代の演劇ワークショップ、木曜日は地域のコミュニティセンターでの出張ワークショップなど内容が非常に多彩でした。土曜日は、小学1年から各年代の子どもたちが次から次へとワークショップに参加しに来ています。その数何百人。クラスが定員オーバーで入れない子どもたちは、キャンセル待ちをしているそうです。それこそ、朝9時から午後までクラスが用意され、いくつかのスタジオやフロアで実施されています。子どもたちにとって、とても恵まれている地域だと思いました。

司会 それは、対象は子どもに限られているんですか?

高瀬 小学生から、中学生、高校生、ユースシアター、つまり大学ぐらいまでの各年代であります。

司会 去年田中さんが行かれたところは、老人の方を対象にしたものもあって、中高年のためのバレエ教室とか、遺言に関する演劇とか、非常に幅広い年齢を対象にしているということだったんですが、この劇場のプログラムは、どちらかというと、子どもに対する教育的な意味合いが強いのでしょうか?

高瀬 そうですね。主な対象は子どもたちですが、新しい試みも始まっています。クリューイド・シアター・カムリから、私が帰ってきて1年以上経つのですが、その後、幼児、つまり未就学児のクラスができ、小学校に行く前の年代の子どもたちのためのワークショップが始まりました。そして、さらに最近60歳以上の方のためのワークショップも始まったそうです。劇場のスタッフも日々新しいことを取り入れながら、活動範囲をどんどん広げ、増やしているんですね。そこのところは、本当にすばらしいと思います。

司会 それは何人くらいのスタッフでやっているんですか?

高瀬 とても少なくて、エデュケーション・プロデューサー、コーディネーター、アドミニストレイター、アトスタント、アウトリーチ、ティムの6人ほどでした。そのほかに、チューターという方たちがいて、彼らはワークショップのクラスを受け持ちます。他にボランティアとして演劇専攻の学生さんにワークショップの補助、アシスタントをお願いしています。本当に少ない人数で多くの活動を展開しているんですね。

■ワークショップの一例「ワーズ、ワーズ、ワーズ」

司会 その多彩なプログラムの中でも、代表的な例をご紹介いただけますか?

高瀬 私も研修中には可能なかぎり、すべてのプログラムに参加したんですが、その中のひとつに、毎年実施されている「ワーズ、ワーズ、ワーズ」、「ことば、ことば、ことば」というワークショップがありました。これは『ハムレット』のせりふなんですね。これは中学生くらいが対象年齢で、最初は演劇的なゲームから始まって、最終的には「シェイクスピアのことばを自分の身体で表現してみよう」という企画なんです。役者さんも連れて学校に訪ねて行き、だいたい午前と午後、1校ずつまわって、ほぼ1ヶ月かけてその地域の学校をまわります。
 私が行った年は、『ロミオとジュリエット』と『夏の夜の夢』と『マクベス』と3パターンのプログラムが用意されていました。ティムによる構成・演出で、子どもたちの前で作品の一部を役者さんが演じて見せること、作品から抜粋したことばを子どもたちに表現してもらうのが共通です。表現するとは、例えば、「デス」「ラブ」「ポイズン」などシェイクスピアの作品の中からとったことばを、ひとりひとつずつみんなの前で言いながら身体で表わしてみるのです。ひと言「デス」と言いながら倒れて死んで見せたり、そういう表現をみんなの前でひとりずつ発表して、ことばにどう身体の表現がついて来るか、ことばには身体で表現できるイメージがあることを体験してもらいました。
 実は、このワークショップは中学校の英語の授業時間に行われているんです。英語の先生が、授業の中で演劇ワークショップを取り入れたいと思ったときに劇場に連絡して、オーダーすると、劇場からスタッフがやってきて、英語の時間を使ってワークショップを実施するわけです。シェイクスピアの国ですから、シェイクスピアの作品を取り上げるんですが、中学生でも知らない単語もあって、そういうことばを役者さんやアウトリーチのワークショップリーダーと一緒に、表現しながら学んでいくというものなんです。
 例えば『ロミオをジュリエット』の場合、最初にモンタギューとキャピュレットという2つの仲の悪い家の面々が街中で出会う芝居ですが、そのけんかの場面に出てくる人を罵倒するせりふを、子どもたちに一文ずつ言ってもらいます。それを、だんだんに大きな動作をつけて言ってみる、どんどんエスカレートし、感情が盛り上がってきたところで、突然舞台監督の叩く太鼓の音がどんどんと響きます。役者さんがここで大公のせりふを言うことで、一瞬にしてワークショップが芝居に変わるんです。子どもたちはもうびっくりして周りをみると、役者が出てきてせりふをしゃべ出すという構成になっていて、芝居の始まる状況が工夫されているんですね。そのあたりが、ティムがアウトリーチに参加し演出している意義だと思うんです。ただ、ワークショップをやるだけというのではなくて、演出的に実に有効に考慮されているプログラムになっていました。
 『夏の夜の夢』の場合は、子どもたちをゲームで真ん中に集めておいて、突然森の中のシーンのように、役者さんが子どもたちの周りを走り回って出て来たり、ワークショップでも、作品の特徴が伝わるようによく練られていて、びっくりするような構成・演出になっていました。

司会 それは、子どもたちとしては、なにが目的かということが分からずに、例えば『ロミオとジュリエット』だったら、紙を渡されて、罵倒することば、それが実は『ロミオとジュリエット』のせりふなんですが、それをお互いに言っているときに、そこにいきなり役者さんが別の役のせりふを言って入ってくると。そうすると、一瞬にして、自分たちがワークショップをやっているということだったのが、知らないうちに、お芝居の登場人物にさせられてしまっているということですね。

高瀬 はい。登場人物の一市民のように、役者さんと一緒に舞台に乗っているという感覚になるんですね。子どもたちは、それこそ目を丸くして、「なにが起こったの?」という感じで、非常にびっくりするんですが、それはとてもみごとな変わりようでした。体育館とか講堂のような場所が、一瞬にして舞台空間になるんです。子どもたちも、間近で役者さんがせりふを言うのを見て、いつの間にか一緒に登場しているような、不思議なはじめての感覚を経験しています。今、後藤さんがおっしゃったように、どういう意味があるとか、なんの勉強の時間ですとか、事前にそういう説明は一切ないんですが、知らない間に演劇的な経験を積めるような構成になっていたんです。

司会 それは最終的には、どのような形になっていくんですか?そのままお芝居になっていくんですか?

高瀬 このワークショップでは実際の芝居を観られるのは5分程度で、劇的空間に変化する一瞬を体験し、その緊張感、緊迫感を実感してもらうねらいがあると思います。
 また、プログラムによっては、役者さんの芝居を見たあと、子どもたちに演出家のように演出してもらうワークショップもありました。子どもたちが、男性の役の役者さんはもうちょっとこうして欲しいとか、女性の役はもうちょっとこうしたほうがいいんじゃないかというような意見を言うと、役者さんが「分かった」と言って、すぐに芝居を変えて同じシーンを何度もやってみせたりするんです。

司会 そうすると、非常にことばを話すということと、英語の時間、言ってみれば国語の時間ですよね。日本だと、漢字の習得の時間が多いと思うんですが、まずことばを発語する、それが自然に演劇ということにつながっているという体験ができるような形になっているわけですよね。

高瀬 イギリスではシェイクスピアを英語の時間に扱えるというのがとても心憎いんですが、素晴らしい自国の文学作品が戯曲というジャンルだったということですよね。学校の先生にとっても非常に頼れる教材であり、劇場にとっても、そこを導入にして演劇に触れてもらうのはとても有効です。ですから、劇場側の思いと教育関係者や学校の思いが、ぴったりと合致したプログラムなんですね。そのため、このシェイクスピアの「ワーズ、ワーズ、ワーズ」は人気が高く、毎年作品を代えて準備し、学校をまわる定番プログラムになってました。

■教育現場と劇場との関係のあり方

司会 お話を伺った中でも、教育現場と劇場が非常に太いパイプでつながっているというような印象をお受けになったようですね。

高瀬 はい。クリューイド・シアター・カムリに行ったすぐの頃に、ウェールズのユースシアター8団体の大会があったんですね。そのとき、ウェールズの文化担当官にお目にかかったのですが、その方が言うには、演劇を英語の授業に利用していきたい、と。これからの英語は読むことよりも、話すことを主眼としていきたいということでした。話すためには、演劇はとても有効な手段ですよね。だから、自分はこの大会に勉強しに来たのだとおっしゃっていました。こうやって文化担当官が、演劇のユースシアターの大会に直接足を運ぶほど、演劇の教育的現場における価値が認められていて、うらやましく思ったものです。

司会 ちょうど去年この話がでたときに、芸団協の米屋さんが補ってくださったんですが、こういった教育現場と劇場の間で、個々に良い関係があるというよりも、2001年にイギリスのイングランドで開始されたクリエイティブ・パートナーシップという大きな施策があって(これについてはセミナー・オン・ザ・ネットの去年の田中玲子さんの記録を参照のこと)、そういったイングランドの施策の実践がバックボーンとしてあって、個々の劇場との関係が上手く機能しているというようなことがあるというお話でした。  もうひとつ、学校公演について、少しだけお話いただけますか?

高瀬 エデュケーションのもうひとつの柱が、小学校をまわる学校公演です。私もセットを担いだり、子どもたちの座るマットを用意したり、子どもたちの誘導などを手伝いながら毎日参加しました。これも午前と午後と1校ずつ、ワンボックスカーひとつでまわります。作品は、小学校1,2年生向けのもので、ヨーロッパの昔話を5つほど選んで作っていったんです。はじめに何十という昔話を集めて、役者さんと一緒に読み、どの話がより子どもの心を動かすか、物語のテーマはなにかなどを話し合いながら、できあがっていく過程を体験させてもらいました。それも、非常に貴重な体験だったと思います。

■研修を終えて、現在の生活の中で活かしていること

司会 高瀬さんは、帰国されてからすでに1年以上経っているということですが、ご自分の中で研修の成果というのは、どのように活かされていますか?

高瀬 新国立劇場の仕事の中で研修の成果をどのように活かせるかということはいつも頭のどこかにあります。そして、常にグローバルな視点を持ち、作品を制作しようという意識が以前よりもはっきりとしてきました。また、とても有意義な研修だったので、そういうことを丸ごとみなさんに伝える機会をなるべく増やしたいと思っています。すでに、小学校や中学校で、話す機会があれば出かけて行ったり、自分なりにアレンジしてワークショップを行ったりということを始めています。そのほかに、今後、新国でどのようなことができるのかは、劇場内で慎重に相談していく必要がありますが、オペラとバレエで始まっている子どものための公演プログラムを、演劇でも作りたいと考えています。また、フェスティバルのように子どもたちのためのプログラムをまとめたものをやってみたいなと思っています。直接的に研修とはかかわりがないのですが、親子観劇サークルのようなものも立ち上げられればと思っています。それから、今日のような機会もあるので、劇場や、演劇、教育のことを考えている方たちとネットワークを作り、なるべくみんなが働きやすい現場、気持ちよく演劇に携われる現場になるために、自分の経験が活かせればいいなと思います。

司会 今、小学校にワークショップに行ってらっしゃるというお話がでましたが、これは新国立の企画としてというより、高瀬さんが個人的に行ってらっしゃるんですか?

高瀬 そうですね。もちろん、新国立劇場には話を通していくんですけど、知り合いのツテで「ワークショップをやってほしい」という希望があるときは、できるだけ出かけて行くようにしています。今、東京都の学校は学区制ではなく、子どもの側が自由に通う学校を選べるそうなのです。つまり、個々の小学校ごとに独自の活動を重要視しているので、以前のように教育委員会に話をしても、即その区域の学校とつながるというわけではないと伺っています。学校の生徒も減ってきているので、学校に演劇公演を呼べなくなったと、校長先生もおっしゃっていました。ですから、今はツテがあるところからのピンポイントの活動ですが、お話があれば、積極的にやらせていただいています。エデュケーション部が新国立劇場にできるかという話はとても壮大なので、ちょっとここでは触れられないんですが、制作者が単に良い作品を作るだけでなく、エデュケーション、さらに、演劇を広げていく活動、より多くの人に観てもらう工夫や、子どもたちが演劇に触れる機会を増やす活動も一緒にやっていけるといいなと思っています。

■研修を考えている方へのアドバイス

司会 
ありがとうございます。最後に海外研修を考えている方に、なにかアドバイスがあればお願いします。

高瀬 
先ほど、小野寺さんが「前もっての準備が大切だ」と良いことをおっしゃいましたが、それはまったくその通りだと思います。私は、自分では英語をできるだけ勉強していったつもりだったんですが、行ってからあまりのできなさ加減にとても落ち込みました。最初、11月に劇場に着いたときに、ティムに「まず英語の勉強をしてくれ」と言われたほどだったんです。ウェールズでは、ほとんどが白色人種なんですね。ウェールズ人かイングランド人かスコットランド人。黄色人種は珍しくて、私がスーパーで歩いていても振り返られるほどです。ですから、みんな英語は完璧で、英語を教えてくれる人も見つからなかったんです。それで、自分でがんばるしかなかったのですが、ホームステイをしていましたので、そのホストファミリーの我慢強さと、劇場でお世話になった多くのスタッフの我慢強さに助けられました。努めて毎日できるだけ多くの人とコミュニケーションを取るようにしてましたね。例えば、劇場内ではボックスオフィスやバー、ブュッフェ、ショップのスタッフ、営業やツアー担当のスタッフ、電気関係の修理をする人や雨漏りを直している人などと。また、郵便配達のおじさんやスーパーの店員さんなどいろいろな場所でたくさんの人と話をしました。そうやってコミュニケーションを取ることによって、今のイギリスを丸ごと身近に感じたり、ピンポイントでコアな文化的な情報なども手に入れられますので、研修に行かれたら、積極的にいろいろ方とコミュニケーションをとっていただきたいと思います。

司会 
高瀬さん、本日はどうもありがとうございました。


 
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