芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査

実演家・スタッフの労災保険

5年ごとに行っている実態調査の結果から、仕事に起因するケガや疾病があるにもかかわらず、補償が十分でないという傾向が続いていることが明らかになっています。実演家が安心して仕事ができるようにするにはどうしたらよいか?フリーランスの「実演家・スタッフへの労災適用」は、重大なテーマのひとつです。

かつて映画の撮影所における契約社員だった俳優は、1970年代の会社の経営悪化に伴いフリーランスへの移行を余儀なくされました。結果として法的には「個人事業主」の扱いとなって現在に至ります。そのため「個人事業主=自営業は労働者ではない」と言う解釈で労災適用がなされないと思われてきました。しかし近年の厚生労働省は「実演家の就労形態に労働者性が認められれば、労災適用の対象となる可能性がある」「なにより仕事中のケガや、それが原因の疾病に健康保険を使うのは違法である」という見解を示すようになりました。さらに、労災に対する認知と理解の徹底をはかるため、業界向けのリーフレットの作成が進んでいます。芸団協としても、広く実演芸術に携わる関係者の方々に、労災の制度について正しく理解していただけることを願って労災保険についてのセミナーを開催しました。

進行 高瀬将嗣(芸団協・実態調査委員/日本俳優連合) 古川景一弁護士 会場の様子

以下、2016年2月23日に芸能花伝舎で開催した古川景一弁護士の講義と、当日紹介された各事例をご紹介します。同内容を収めた小冊子もダウンロードできますので、ぜひご活用ください。

知って得する労災保険のキホン

労災保険制度とは

労働基準法では、業務上のケガや病気について、事業主が療養費用や休業補償などを負担することが定められています。ですが、その支払能力のない零細事業主が多いため、昭和6年に強制保険制度ができました。最初は事故の多い土木建設業だけが対象でしたが、昭和22年に現在の法律ができて、あらゆる労働者が労災保険の対象となりました。

保険給付の対象となる災害は、業務災害と通勤災害の二通りがあります。業務災害は働いているとき、通勤災害は仕事のために自宅と往復する間に起きた災害です。休業による賃金喪失を補填するため、休業4日目から保険給付が出ます。給付は災害を受けた本人の平均賃金の6割、さらに特別支給金が2割、合計8割が、療養のために休業が必要な間支給されます。

治療が終わって後遺障害がある場合は、障害の程度が重いものから軽いものまで1級から14級に分けられて、1級から7級までは年金が出ます。これは本人が亡くなるまで支給され、定年は関係なく、インフレ・スライド制もあり、事故前の賃金が著しく低い場合には年金の最低額保障もあります。死亡した場合には遺族に対する給付や葬祭料などもあります。特に重傷の脊髄損傷などで長期療養が必要な人は、所得補償のための年金をもらいながら療養を続けることができ、介護料も出ます。このように、労災保険制度は大変手厚いものになっています。

芸能関係者は労災の対象になるか

かつて、芸能実演家やスタッフが不幸にも仕事上の事故で半身不随になったり、死亡したりといった重大事故が立て続けに起きました。それを契機に、国会でも俳優などにも労災保険制度による保護を与えるべきだという議論が起きるようになりました。

芸能関係者が事故に遭ったときに労災保険の支給対象になるかは、労働基準法上の労働者に該当するかどうかで決まります。労働基準法上の労働者に当たるのに事業主が保険料を納めていないという場合でも、労働者性が認められれば、労災保険の給付対象になります。被雇用者として給与をもらっていないようなフリーランスの実演家やスタッフでも、就業の状況から労働者性があると認められれば労災保険給付の支給対象になります。

労働者性の判断基準

芸能実演家やスタッフが労働基準法上の労働者に該当するか否かについて、労働基準監督署(以下、労基署とする)では、平成8年の3月に当時の労働省内でまとめられた「労働基準法研究会 労働契約等法制部会 労働者性検討専門部会報告」に記載された判断基準に基づいて判断します。

判断基準の1番目は「使用従属性」の有無、2番目は「労働者性の判断を補強する要素」です。「使用従属性」の有無は、「指揮監督下の労働」と「報酬の労務対償性」によって判断され、「指揮監督下の労働」については「仕事に関する諾否の自由」「労務遂行上の指揮監督の有無」「拘束性の有無」「代替性の有無」の4つが判断基準です。現在の労災保険行政では、この基準に当てはまることを証明しないと、労働者として認めてもらえません。

労災保険制度の活用

労災保険制度を活用するには、まず労災保険料を払う必要があります。事業主が保険料を払っていなくても、労災保険給付を受けることは制度上可能です。ただ、これは「逆選択」といって、事故が起きてから保険料を払わせて保険給付をするため、取り扱いが厳しくならざるを得ません。予め保険料が払われていれば、労働者性があることを事前に事業主が確認していますので、特別な事情がない限り、労働者性の有無は問題になりません。

保険料の納付と料率
労災保険料は事業主の全額負担です。賃金総額(1日だけのアルバイトも含む)に労災保険料率を乗じた保険料の納付義務を負います。労災保険料の料率は、「放送業」は1000分の2.5、「その他の各種事業」は1000分の3。料率は業種の危険に応じて決まっていて、例えばトンネル工事では1000分の89(2016年4月より79)。放送以外の芸能関係は、普通のサラリーマンが働く「その他の各種事業」の中に含まれて、1000分の3です。20年前は1000分の6でしたが、労災発生率の低下に伴って保険料率も下がり、芸能実演家にとってはお得な料率です。
保険料の払い方
興業主が労働者を直接雇っているときには、興業主が労基署に保険料を払います。それに対して、プロダクションが間に挟まって、プロダクションが雇用している場合には、プロダクションが事業主になって労基署に保険料を払います。また、中小事業主が労働保険の事務を労働保険事務組合に委託していれば、中小事業主も労災保険に特別加入できます。
労働者を使って仕事を始めたら、10日以内に労基署又はハローワークに保険関係成立届を出さないといけません。事業主には、保険料の納付の手続き書類が送付されます。 事業主が芸能関係者を労働者として扱わない傾向にある理由としては、労働法による規制を避けるため、保険料の使用者負担を免れるため、消費税対策といったこともあります。

労災保険制度のポイント

ポイント

  • 労働者に適用される労災保険、事業者は事故が起きる前に備えよう。
  • 治療費や療養等での休業補償(4日目以降で、賃金の8割給付)、年金などとても手厚い。
  • 芸能関係者の保険料率は一般サラリーマンと同じ。かけなきゃ損!
  • 経営者、役員が入れる特別加入制度も。
手続きに備えて、労災適用の際にベースとなる賃金がわかるように、事業者は俳優やスタッフとの間で「公演覚え書き」などを用意したり、二次使用料など著作権処理については、項目をわけておくことが推奨されます。
芸能関連労災問題連絡会

1989年に芸能関連の8団体で発足し、芸能関係者の労災問題の解決のための研究と働きかけを行っています。発足のきっかけとなったのは、現在「労働者性」の認定でも判例となっている瀬川労災。1986年に映画カメラマン瀬川浩さんがロケ中に脳梗塞で倒れ、死亡したケースの労災保険適用をめぐり、3度にわたる再審査請求と行政訴訟を行いました。2002年の労災申請から14年5か月で、ようやく労働者性の認定判決を得ました。日本俳優連合を事務局に、月1回は例会を開催しています。

瀬川労災サイト

事例からわかる労災保険のキホン

CASE 01劇団俳優座劇団俳優座演劇制作部 下哲也

俳優座では、俳優の労災適用について1990年代半ば以降から検討していましたが、なかなか踏み切れずにいました。当時も、学校公演を頻繁にしているところは月給制にして対応している団体もあり、必要性は感じていました。

そんな中、2000年1月の俳優座劇場での「肝っ玉おっ母とその子供たち」の公演で、女優が3.6メートルの高さから落下して、左手首粉砕骨折、左足小指骨折の重傷を負いました。俳優座の労災委員でもある演技部の神山寛さんを通して、社会労務士の中林先生、芸団協の方々と三田労基署を数回訪問して、必要な書類(俳優が劇団に所属していることを証明する機関誌やパンフの連名、稽古日誌、上演日誌、俳優の過去3ヶ月の活動と収入明細、公演覚え書き)を整えて提出。労基署の調べを受け、完全に認められるまでに約1年がかかりました。現在も稽古日誌、上演日誌、稽古期間と上演期間及び出演料等の明細を記入した公演の覚え書きを作成しています。

これまで大きな事例は先の例を含めて3件。2例目は旅公演で暗転中に女優さんが足をひねって、帰京後手術をしたため、手術費用と入院費、休業手当が労災から支払われています。3例目も旅先で女優さんが転倒して左手首を骨折、治療費と休業手当が支払われています。ほかにも足の小指の骨折、打撲等この15年で年1、2回は労災が適用されています。

労災保険の支払い金額は、収入の1,000分の3、1億円でも30万の支払いです。俳優座の場合は、現在のところ演劇制作部の公演のみに適用しており、マスコミは入れていませんが、外部の舞台出演でも2度ほど俳優座の労災を適用しています。これまで俳優座が加入していた民間の保険では休業補償はないので、労災の利点は治療代、手術代、入院費のほかに休業4日目からの休業補償の適用があることだと思います。後から後遺症が出てきそうな捻挫や打撲等は必ず労災を適用しています。

劇団内、出演者、内部スタッフに労災の概要をきちんと説明して対応ができていれば、手続き等はそれほど複雑ではありません。但し、労基署からは最低賃金のこと、俳優が劇団に稽古に来ている場合の収入保証については指摘、指導されています。それに対応して俳優座では稽古手当、舞台稽古手当等で公演以外の日の俳優の日当をなんとか保証するようにしています。

これまで幸いにも死亡事故は起きていませんが、大きな事故、ケガでは劇団財政ではまかないきれないので、まだ労災に加入していないところは是非おすすめします。

労災適用のケガをしたとき
  • 労災用紙を持って労災適用の病院に行くと、治療費を支払う必要がありません。緊急で用紙が準備できないときは労災適用の旨伝え、治療費を立て替えて、後日用紙を持っていくと返金されます。労災指定でない病院でも、後日手続きをして返金されますが、手間がかかります。
  • 最初に病院にかかる時は5号用紙、旅公演等で病院が変更になる時は6号用紙が必要です。厚生労働省のサイトからダウンロードし、旅公演にも持って行っています。
  • 俳優の場合は、病院に労災用紙を提出後、約1ヶ月で必ず労働基準監督署から問い合せがあるので、提出する労災用紙は必ずコピーを保管し、公演覚え書きをファックスで労基署に送っています。
  • 労災は個人請求なので出演者、スタッフには旅先に印鑑を携帯してもらっています。
CASE 02アクションの
現場
日本俳優連合 高瀬将嗣

私はアクション監督、殺陣師です。殺陣師は、アクション俳優やスタントマンを現場で管理監督する立場にあり、常に事故と隣り合わせの作業であることは否めません。

私も2年前、指導中に肉離れを起こしましたが、私の場合は事務所の経営者で、労働者ではないため労災は使えないと思っていたところ、会社が労災の特別加入をしていたので労災保険が適用され、休業補償も受けられたのです。

この話を日本俳優連合のアクション部会で報告すると、あるチームから「自分のところにはスタントマンが多くケガも多い。労災に入っていた方がいいのだろうか」という相談を受けたので、さっそく労働保険事務組合を紹介、その会社は事業主としてスタントマンを雇用者=労働者として保険料を払う手続きをしました。

その2ケ月後に映画の撮影中にスタントマンとサポーターの2名が雪山から滑落するという大きなケガに見舞われ、3カ月間の長期入院になりましたが、事前に会社として労災保険に加入していたので2人とも労災が適用、休業補償も受け取ることができたのは不幸中の幸いで、今では全快し仕事を再開しています。

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