芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査

芸能の価値

実演芸術は専門誌でどのように取り上げられている?

芸術の専門誌がだんだん姿を消している。批評が成立しにくくなっていると言われて久しい。実演芸術の価値や魅力を伝える回路が細ってきているのではないか。芸能・芸術の魅力を伝えることに腐心してきた専門誌、情報誌の編集に携わる方々は今、どういう問題意識を持っているのか。音楽関係の様々な媒体に関わる方に集まっていただき、公開座談会を開催しました。 2016年2月23日に開催した公開座談会「実演芸術と専門誌の過去、現在、未来~芸能は、どのように紹介されてきたか~」(於:芸能花伝舎)の記録から構成。

公開座談会の様子
パネリストプロフィール

大塚正昭(おおつかまさあき) 株式会社 東京MDE 副社長(編集・営業)。1972年東京生まれ。高校2年よりカナダに留学し、マウント・アリソン大学、およびトロント大学で音楽と演劇を学ぶ。帰国後、HMVジャパン、音楽レーベル勤務を経て、2003年に東京MDEに入社。「ぶらあぼ」の編集に携わる。2014年より現職。

田中隆文(たなかたかふみ) 「邦楽ジャーナル」編集長。1955年生まれ。87年「情報と本音の雑誌」を旗印に月刊誌「邦楽ジャーナル」を創刊。06年邦楽アソシエーションを創設して邦楽器業界月刊紙「和楽器文化」を創刊。06〜10年NYで「Hogaku:New Sounds of Japan」プロデュース。10年「宇宙箏」を小川楽器と製作。尺八・能管・小唄を嗜む。

吉岡悠(よしおかはるか) 宮城県仙台市出身。昭和音楽大学音楽芸術運営学科アートマネジメントコース卒業後、公益社団法人日本演奏連盟に勤務。主に「演奏年鑑(音楽資料)」「新進演奏家育成プロジェクト」事業を担当し、新進演奏家のリサイタル、オーケストラ公演等の制作、運営に携わっている。

吉田純子(よしだじゅんこ) 和歌山市生まれ。朝日新聞社編集委員。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業、1996年、同大大学院音楽研究科(西洋音楽史)修了。1997年朝日新聞社入社。仙台支局、学芸部(家庭面)などを経て、音楽・舞踊担当編集委員。連載にニッポン人脈記「ピアノが見た夢」など。上智大、一橋大、日本体育大、昭和音大などで音楽ジャーナリズム講座の講師を務める。

大塚

『ぶらあぼ』という月刊のクラシックの音楽情報誌を担当している。フリーマガジンで毎月18日に発行。これをサントリーホールや、東京文化会館といったコンサートホールや、CDショップ、楽器店、日本全国の音大等で毎月、配っている。

創刊が1994年6月。当時コンサートがたくさんあって、毎回、会場で大量のチラシが配られていて、弊社の創業者の社長が、たくさんの情報を網羅的にまとめてクラシックファンにうまい具合に無料で配れないかと考えてフリーマガジンを創刊した。『ぶらあぼ』は、アーティスト、主催者、それから企画者の音楽への情熱を伝えていきたい。若手アーティスト、特に日本人のアーティスト、新人をできるだけ広い読者に紹介したいと考えている。

広告あってのフリーマガジンだが、広告料金は一般雑誌よりも比較的リーズナブルな料金体系で、少しずつ部数も増え、それに従ってページ数も増え、配布拠点も増えている。今後は、ウェブをもっと活用しよりスピーディーな情報発信を心がけたい。

田中

邦楽ジャーナルは1987年2月号が創刊号。あと8カ月で30周年を迎える。情報と本音の雑誌というのを旗印に創刊した。『ぶらあぼ』とは逆に、邦楽界は情報がなかった。そのころの『ぴあ』とかには何も載ってない。邦楽の人はそういう媒体に情報を寄せていなかった。業界紙は2~3あったが、私は面白くないと思っていて、だったら情報誌を作りたいと。

当時私は邦楽の楽譜出版社にいて、演奏会が終わった後に、演奏家に呼ばれて話を聞く機会がたくさんあった。演奏家はかなり真剣な話をしているのに、それがどこにも発信されていなかった。1987年当時はカラオケブームで、民謡人口がそのカラオケに取られたといわれ、1984年ぐらいから邦楽は落ち込んでいる時だった。こんな時になぜ創刊するのか、絶対失敗すると言われたが、今から思うと、だからこそ情報を必要としていたのだと思う。本音というか、ちょうちん記事ではない大事なことを発信していく雑誌という形でスタートした。

これが続いていること自体がもう奇跡に近いと言われている。今は徐々に部数が減少して、邦楽人口は減っていて高齢化している。何とか、打開したいといろいろ考えてやっている。

吉田

私は朝日新聞で、基本的には音楽と舞踊のジャンルを担当してきた。音楽はクラシック中心だが邦楽系もカバーしている。インタビューの仕事が多いが、自分の企画で連載もある。今ちょうど、戦後70年ということで、日本の戦後のクラシックの文化を検証する企画を年間連載でやっている。

記者は書くのは仕事の3割~5割くらいで、編集の仕事が非常に大きな部分を占めている。週1回の音楽評、舞踊評、あるいは訃報のときの追悼文などを、どういう人に依頼するか。普段から人脈をつくりながら、朝日新聞という媒体の中でいろんな人に交流してもらえるようにということをしている。

今、紙媒体は大変な時代。朝日新聞社も朝日デジタル、ネットの展開も非常に大きくするようになってきたが、紙面ではどういうもの伝え、ウェブではどういうものを伝えていくのか、バランスを考える。若い世代は圧倒的にウェブのほうで見ることが多いが、紙媒体を愛用している年齢層もいるから。

私は、新聞以外では、例外はあるが基本的には書く仕事は引き受けない。読者に、特定のアーティストと関係があると思われかねないので、特別な事情がある時以外はプログラムノートも書かない。アーティストとの距離感をすごく気を付けながら仕事をしている。

吉岡

私が勤務している公益社団法人日本演奏連盟では、毎年『演奏年鑑』を発行している。月刊誌や新聞とは違って年に1回の発行。日本演奏連盟は1975年にクラシック音楽の演奏家や事業者の方が会員となって設立され、演奏家同士の連携の強化が目的のひとつ。『演奏年鑑』が創刊されたのが昭和40年(1965年)、今年の3月発刊するもので42号を数える。

演奏会の記録統計と、音楽家の人名録や音楽関係団体の名簿が主な内容。演奏家が演奏機会を拡充するために、演奏家個人の情報も限られた内容だが掲載している。

演奏年鑑は文化庁の委託事業で発行しているもので、全国都道府県立図書館、都道府県教育委員会、主要国大使館文化部等へ寄贈し、成果を波及している。一般の本屋では入手できないが、一般の方にも送料負担でお分けしている。

変化について

田中

創刊の頃と比べると、邦楽演奏家の意識が変わったと思う。団塊の世代より若い世代になると、仕事は師匠からは回ってこないので自分たちで開拓せざるを得ない。だから、自分たちでデモCDを作ったり、いいプロフィール写真を用意するとか、プロとしては当たり前のことだろうが、邦楽界では1990年代から始まった。

一口に邦楽といってもジャンルはいろいろで考え方も違う。『邦楽ジャーナル』への売り込みは、民謡と違って伝統・古典系統の人たちからはない。一方、若手にはライブが当たり前の時代になった。

大塚

クラシック業界もまだまだ固いというか、例えばコンサートはほとんどが平日午後7時から始まって9時に終わる。休憩を挟んでアンコールを2曲ぐらいやって終わりというパターン。いつ食事すればいいんだという時間帯で、それが今のお客さんが望んでいる形かというと疑問に思う。

例えば、Hakuju Hallはワンダフルoneアワーという1時間のコンサートを始めたし、各オーケストラは週末に、2時、3時始まり、4時始まりというように、ランチを食べて、ゆっくりしたところで音楽を聴くとか、コンサート後に食事に行けるとか、聴衆のライフスタイルを考えている。曲目も、アーティスト、事務所ともども、もっと聴衆のことを考えたほうがいいのではないか。

吉田

演奏家の方向性を適切に理解したうえでのプロモーションでなければ、単なる売り込み上手ととらえられてしまっても仕方がない。こちらはたくさんのプロモーションを受ける立場なので、やっぱり、その人のアーティストとしての立ち方、姿勢みたいなものをプロモーションする側の姿勢から感じとり、受けるかどうかを判断することになる。

田中

邦楽の場合、まだ敷居が高いが、体験型の総合イベントが企画されるようになった。3月だけで三つある。ひとつは徳島邦楽ルネッサンスといって洋楽と比べることによって邦楽の特徴が見えてくるという企画。例えば『勧進帳』をギターでやったらどうなるみたいなやりとりもある。

コラボレーションも多様になったし、今までは、現代邦楽は、邦楽とクラシックの融合だったが、和楽器バンドのように、ロックとの融合、ゲーム音楽、アニメであるとか、そういう発信の仕方も生まれている。私は邦楽器を発信する間口は広いほうがいいと思っている。

大塚

新しいオーディエンスを呼び込むのは、どのジャンルでもいつも悩むところで、正解というのは多分ないと思うが、例えば、神奈川フィルが3~4年前、財政赤字が累積していて存続の危機に立たされていたときに、神奈川フィルの団員が、市役所前とか、ショッピングモールの中とか、駅前とか、とにかくもうありとあらゆる所で演奏して募金を募った。今はちゃんと財政的にも安定して活動をしているが、クラシックの音楽家が、普段クラシックを全く聴かない人がいる所に行って、何かしらしてみるというところで、1人でも、2人でも、興味をもつ人が出てくれば、もしかしたら少しずつ増えていくのかもしれない。

吉岡

毎年、演奏会記録調査を行っている。全国の都道府県のコンサートホール、市民会館に調査依頼を前期と後期、2回に分けて実施し、いわゆるプロのクラシックの演奏会が何回行われたか情報を得て、それを都道府県別にオーケストラの公演が何回あったか、リサイタルが何回あったかということを集計して統計表にまとめている。

今はホールへの調査依頼だけなので、メジャーになってきているサロン演奏会、ロビー演奏会の記録が反映されてなく、今後どのように取り入れるかが課題だと思っている。

近年の演奏会数の推移を一番に感じたのは、やはり2011年の震災の年。そのときは、演奏会数はガクンと減った。毎年、全国で大体1万2000~3000回の演奏会数だったのが、2011年は1万1000回前後だった。やはり東北のほうで演奏会が激減したのが影響として出たのだと思う。

インターネットの活用

吉田

私自身はTwitterも、Facebookもやってない。アーティストで、SNSで発信している人がいて、新しい出会いのきっかけになるのはいいと思うが、自分自身は紙でなければ表現できないことがあると思っている。それは、一言でいうと情報の質じゃないかと思う。

ネットは、いつどこで演奏会があるという情報提供面では速報性もあるし、非常に優れている。個人の評論家が自分でブログを書くのも、長く書けるし、双方向で反応も得られる。ただ、ブログやネットに書くことに編集という作業はほとんど存在しない。第三者の目が入るウェブマガジンはあるが、すぐに訂正もできるので、やはり紙に比べると、自由に書ける。

新聞は、紙という形で残るし、凝縮された行数、字数の中で、単に情報ではなくて本質のどの面を伝えるのかということで勝負していかなければならない。紙面の位置、サイズも、新聞としての価値判断になる。どういう扱いで記事にするかということも含めて、この情報の深層、本質はこうである、業界にとってこういう意味がある、そういったことすべてをいったん自身のなかにきちんと沈めてから、もう一回抽出するような、一つ違う段階の記事を、これまで以上に目指していかなければいけないと思う。

田中

邦楽の世界は、他のジャンルと比べてはやっぱりちょっと遅れている。邦楽人口は高齢者が多いので、今は圧倒的にまだ紙が好きな人が他のジャンルより多いと思う。

「邦楽ジャーナル」には、ネットではできないことを載せている。地方の人たちは東京で何をやっているのか知りたがっている。なぜなら圧倒的に、家元、プロの実演家が東京に集中しているから。

ネットで遅れてるというのは、例えば200円で1曲ダウンロードとか、邦楽は音楽配信はあまりない。古典は長いし音色、音質が向かない。でも、ハイレゾ音源の高音質のものは邦楽には向くので、そういう未来はあるだろうという気はしている。

大塚

『ぶらあぼ』は、結構、昔からネット化を進めていて、一番最初にやったのはコンサート検索のデータベース。2000年代初頭から始めている。毎日来る情報を3人の専門員が打って、校正して、OKだったらアップというのを、どんどんやっている。

毎月、多いときで1800件ぐらい、少なくとも1200件ぐらい、全国のコンサート情報をアップしている。年間2万件以上にはなる。もう少ししたら、多分、過去のも調べられるようにはしたいと思っている。そうすると過去10年ぐらいの20万件、30万件ぐらいのコンサート・データベースを検索できるようになる。

紙面としては2009年から『eぶらあぼ』を始めた。電子ブック形式で、全て公開している。世界中どこにいても、パソコンとネットさえあれば、『ぶらあぼ』を隅から隅まで読むことが可能。記事と広告全て、ネット上で読むことができる。

『ぶらあぼ』のFacebookの投稿としてリーチしたオーディエンスは、雑誌の6万部をはるかに超えていて、例えば、『題名のない音楽会』に五嶋龍さんが就任したとか、そういうときはFacebookページの1ヵ月のリーチが10万を軽く超える。既に雑誌よりもウェブのリーチのほうが多い。Twitterも8700ぐらいの方がフォローしている。

問題としてはやっぱり断片的で、吉田さんが指摘された編集の重要度みたいなのがあまり反映されない。取りあえず、僕らはどんどん情報を出していきたい。それがリーチ数とか、「いいね!」数で、オーディエンスの共感が伝わってくるので、この人たちはどういうものが重要と思っているかが分かるという状況。

ただ、50代、60代以上の方々にはウェブではリーチできないので、そこが課題ではある。

記者が不足、批評の不足

田中

新聞社の文化担当の人数は?

吉田

文化部全体で言うとラテ関係を含めて100人程度はいるが、担当ベースで言うと、きわめて少ない。音楽は私のほかにポップス系がもう1人。なので、記者会見をせっかく開いていただいても、いろいろ重なって行けないということも少なくない。演劇や映画は公演の期間が長いので、ある程度日程の采配ができることが多いが、クラシックの演奏会は、基本的に1回しかない。だから、重なったらもう絶対、不義理になる。昔は文化部から海外駐在が1人か、2人、必ずいた時代もあったが、今はそこまでニッチな文化の話題に人を割いている場合ではない、ととらえられている節がある。

福島

僕は演劇だが、専門誌の部数が非常に減って、活字離れが非常に深刻化している。パフォーマーの側はプロもアマチュアも玉石混交で、批評がなくなってきている。

芸術を本当に育てる環境として、媒体がどういう役割を果たしたらいいとお考えか。

大塚

『ぶらあぼ』はフリーマガジンだから、批評を載せるというのはなかなか難しい。ただ、ネットが発達して、じっくり読める批評が少なくなってきたとは感じている。音楽ファンは、演奏会が終わると、ネット上に素人がいっぱい感想を書く。それの総体が良しとされるみたいな風潮があって、それはちょっと危険かもしれない。『ぼらあぼ』としてどうすればいいかは、批評に関してはなかなか踏み込みづらい領域。

田中

うちも情報誌なので、批評はたまにあるくらい。広告との関係もあるが、批評ができる人がいるのかという問題もある。狭い世界なんで、批判的なことを書けば、しっぺ返しが怖い。邦楽界ではもう批評っていうのはほとんどなくなっている。

吉田

まさに批評は、新聞の使命だと思う。戦後、批評家同士が新聞紙上で討論をすることがたくさんあって、批評そのものが一個のジャンルであった時代があった。それがどんどん変わってきたと思うのは、批評に特化して書く人が少なくなったこと。プログラムライターが主になってくると、アーティストや公演の批判がしにくくなる。新しい時代の批評家をつくっていかなきゃいけないという使命感は、個人的にはあり、時々若い人に執筆をお願いして、書き方を教えて行くっていうふうなことをやってみてはいる。ただ、やっぱり批評に特化して、そこを引き受けてやってくれる人が出てきてくれないと、批評そのものが社会とのダイナミズムを持ちにくいと思う。新聞が無理なら、ウェブなどで即日評をやってもいい。若い人がもっと出てきて、こちらも新しい人材を発掘することもできるかなと思う。

吉岡

批評家が少なくなって、お願いできる方がいないというのは事務局内でも問題になっている。本当に吉田さんには後進の育成をお願いして、ぜひご紹介いただきたい。『演奏年鑑』でも、年間の展望として各地域、北海道から東北で地域ごとに展望を書いていただいていて、その中には評論というジャンルもあるので、まだ珍しくこういうジャンルも注目して載せている冊子ではあるのかなと思っている。

福島

田中さんに。2020年のオリンピック・パラリンピックがあるので、伝統芸能にライトがあたるのかなっていったときに、本当に邦楽、伝統芸能にとっていい形で紹介されていくために、どんなことが必要か伺いたい。

田中

邦楽の危機として楽器の問題がある。楽器商の数はもう激減して、一つの県に1軒もない所が出てきた。20年前は550軒ぐらいあったのが、今はもう270軒ぐらいしかない。邦楽が注目をされることはありがたいことだが、三味線は糸以外は全部、輸入に頼っていて、皮がない、象牙がない、べっ甲がない、紅木が輸入されない。そんな状況の中で、今なぜ回っているのかというと、動きがないから。どんどん邦楽人口も減っているので、何とか楽器店にあるストックでもっているというような状況。

今、考えるべきことは、日本の伝統邦楽って一体何なのか、一般に知られるために何をして、何を残さなければならないかということであり、邦楽の音色って一体何なんだという原点を問われている。それを大事にして、アピールするものを考えたい。流派とかジャンルを超えて、こういう危機があるがゆえに考え始めたところではある。

吉田

2020年後、いかに地に足の着いた文化をつくっていけるのかということを考えた上で、オリンピックを見ていかなければいけないと思う。結局、文化とは特別なものではなく、普通の人々の生活に根ざすものに他ならない。多様性を受け入れる文化をどのように育てられるのかを地道に考えたい。オリンピックという大きなイベントがあるときだからこそ、もっと地道な部分により目を向けていく。そういう意味で、新聞にはまだできることもあるのかなと希望を持ちながらやっていきたい。

大塚

クラシック音楽業界にいるので、とにかく、今、特に若い人にヘッドフォンなしで聴ける生音というものをぜひ、もっと聴いていただきたいと思っている。スピーカーを通さずに、演奏家の声、楽器からの振動で音が伝わっていく。これをライブで共有する単純な喜びを、もっともっと若い方々に広めたい。

吉岡

演奏会が毎日、全国各地で開催されているので、そこに新しい人が1人でも多く足を運んでいただけるよう、私の仕事としては『演奏年鑑』として後付けの情報を記録していくこと。演奏会は演奏会で演奏されることで終わるのではなくて、それを統計として後世に残していくことが使命だと思っているので、これからも情報収集に邁進していきたい。

福島

芸団協の中でも、この生活実態調査からスタートして、芸能の置かれた状況について、いろんな角度から問題を照射したいということで、今日の座談会を行なった。専門誌や媒体が抱えている個別の問題というよりは、そこに日本の文化の普遍的な問題が潜んでいることが見えてきたと思う。その日本の文化の危機的な状態に向かって、芸能実演家が共通に声を上げていくことが必要だし、メディアの方々とも、そういう部分では力を合わせて前に進めることができればいいのかなと思っている。

実演芸術は生活に不可欠か?

芸能実演家・スタッフを対象とした実態調査の結果から、実演家もスタッフも、自分の仕事にプライドを持っており、自分の仕事は社会で評価されていると感じている一方、実演芸能の将来への見通しは明るくはなく、仕事の量は十分ではないと感じているという状況が浮かび上がってきました。実演家たちは、<実演芸術は生活に不可欠だ>と信じているし、実際生活の中に実演芸術はコピーされて溢れています。ただ、ライブとしての実演芸術がどうかと言えば、必ずしもそうではない。この状況に対してどうしていったらよいのか。実演芸術の価値、魅力を発信するにはどうしたらよいか。そのような問題意識から、シンポジウムを開催しました。 2016年1月1日に開催したシンポジウム「実演芸術は生活に不可欠か? ――今日の社会における芸能の価値を考える」(於:東京芸術劇場5Fシンフォニースペース)の記録から構成。

シンポジウムの様子
パネリストプロフィール

菊池宏子(きくちひろこ) アーティスト/コミュニティ・デザイナー。
美大大学院卒業後、MITにてエデュケーション・アウトリーチ活動やボストン美術館プログラムマネージャーなどを歴任。他、コミュニティ開発NPOや文化施設と共にアートを生かした地域再生・エンゲージメント事業などに多数携わる。米国在住20年を経て、2011年東日本大震災を機に東京に戻り現在に至る。わわプロジェクト、あいちトリエンナーレ2013、Relight Projectなどに従事。現在、日米クリエィティブ・エコロジー 代表、NPO法人インビジブル クリエイティブディレクター。他、武蔵野美術大学、立教大学兼任講師、NPO法人アート&ソサエティ研究センター理事なども務めている。

杉浦太一(すぎうらたいち) 株式会社CINRA代表。
1982年東京生まれ。2003年、大学在学中にCINRAを立ち上げる。アート、デザイン、音楽、映画など日本のカルチャー情報サイト『CINRA.NET』や、アジアを中心としたバイリンガルシティガイド『HereNow』などの自社メディアの運営、企業や行政のメディア制作・運営、海外展開支援などに従事する。

中村陽一(なかむらよういち) 立教大学21世紀社会デザイン研究科委員長・教授。
社会デザイン研究所所長。社会デザイン学会副会長。座・高円寺「劇場創造アカデミー」講師。多数のNPOやソーシャルビジネスの運営やサポート、実践的研究、基盤整備、政策提言を通じて社会デザインの拡大に取り組む。近年は公共ホール・劇場、舞台芸術等と社会デザインもテーマにしている。

ピーター・バラカン(Peter Barakan) 自らは肩書きを「ブロードキャスター」とし、主にラジオDJとして活躍、国、ジャンル、時代などを無視した選曲を得意とする。1951年ロンドン生まれ、74年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。80年にYMOのマネジメント事務所へ転職し、その後独立。『ラジオのこちら側で』など著書多数。

山口宏子(やまぐちひろこ) 朝日新聞社論説委員。
群馬県桐生市生まれ。お茶の水女子大学理学部化学科卒業後、83年朝日新聞社入社。主に東京本社で、演劇を中心とした文化・芸能を担当。西部(福岡)、大阪本社にも勤務。編集委員などを経て、現在は論説委員(文化担当)。2009年~10年、NHK-BS2「ミッドナイトステージ館 演劇はいま」の聞き手を務めた。共著に『蜷川幸雄の仕事』(2015年)。

福島明夫(ふくしまあきお) 1977年、秋田雨雀・土方与志記念青年劇場入団。『翼をください』、『真珠の首飾り』、『菜の花らぷそでぃ』、『臨界幻想2011』など、多数の公演製作を手掛ける。1988年より製作部長、1997年より代表。2009年より公益社団法人日本劇団協議会専務理事。日本新劇製作者協会理事。1989年、芸団協の芸能活動推進委員として芸能振興に関わるようになり、2014年より公益社団法人日本芸能実演家団体協議会常務理事。

実演芸術は生活に不可欠か?  ・・・テーマについて

中村

実演芸術というものは、もともとは生活に不可欠だったのだと思う。しかし、最初から「実演芸術は不可欠でいいものだ」というふうに考えるのではなく、「なぜそう言えるのか」を問い直す、こういうテーマを設定せざるを得ない現代日本の状況を改めて考える必要があると思う。

今、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、文化の祭典としても準備が進んでいて、そこで文化が役に立っていこうという動きもある。あるいは地方創生で、文化芸術や実演芸術が役に立てるのではないかとか、教育において子どもにとって役に立つのではという議論も出ている。ただそういう意味だけで不可欠と判断するのは、あまり健康的な感じではない。実演家だけでなく、それを享受する市民から、文化のフレームを作っていくような作業を、地域ごと分野ごとに重ねていくことで、生活に不可欠というものとして再発見・再発掘していくプロセスが必要なのではないか。

実演芸術は、少し内側に閉じていると感じる。自分の表現の延長上に、もっと社会と向き合い、他の人と共有する動きがあってほしい。家庭(ファーストプレイス)、職場(セカンドプレイス)に加え、そのようなことができる‘サードプレイス’があれば良いのかもしれない。

バラカン

僕は売れているとか、知られているとかに関係なく、自分が良いと思ったミュージシャンの音楽を、ラジオ番組やイベントで紹介してきた。平日の朝のラジオ番組を担当していた時、朝の支度をしながら聞くとか、意図しては聴いていない人がふとラジオで音楽を耳にして、そこから毎日聴いてくれたり、コンサートに足を運んでくれた方もいた。しかし週末や深夜のラジオ番組では、音楽好きの人がわざわざ聴いているので、朝の番組のようには広がらない。「生活に不可欠か?」というのは、コアな少数人にとってはそうだけど、それ以外の人たちにも「これは絶対に見たい」という気持ちを起こさせるために、しっかりと届ける活動、広報が非常に大事だということは実感している。

杉浦

私個人としては、「芸術は生活に不可欠」と思っているが、何が生活に不可欠か?というのは、各々が決めるもの。そもそも実演芸術を見に行ったことがない人もいるわけで、その人たちにとって、不可欠であるはずがない。そういう人たちを実演芸術や文化と結び付けるためにも、色々な切り口から芸術の魅力を伝えるWebメディアである『CINRA.NET』を運営している。

インターネットは世界中とつながっているインフラのはずなのに、アルゴリズムによって自分がほしいと思っている情報しかとれず、逆に自分の半径が狭まってきているという感覚がある。そのような中でも、テクノロジーに代替されない「新たな人間性」のようなものを獲得するには、芸術の力が必要だと思う。芸術には想像力を生んだり、社会を変える可能性を気づかせる力がある。自社としては、芸術文化の情報インフラとして、そうした理念をもってインターネットを主戦場にしてやっている。

山口

不可欠か?というテーマに対して不可欠なんだと言いたい感情は、ここにいる皆さん共有していると思う。私自身そう思う。ただし、別に役に立つから不可欠なのではない。役に立たなくても、自分の人生が豊かになるものは大事だと思うので、実演芸術に限らず、美術も、自然も、心を動かしてくれるものということで不可欠なものと思う。

ただこういうテーマでシンポジウムをやる背景には、実演芸術がとても大事なのに理解されない、理解しない方がわるい、なぜわかってくれないのだという気持ちがあるように思うのだけれども、世間は意外とわかってくれていないもの。

でも、分からない人たちは芸術や文化を軽んじているのではなくて、どう付き合ったらよいか、それと結び付く回路をどう作ればよいか分からないだけ。私はそういう人たちと芸術を結び付けたいと思うが、例えば、演劇で言えばチケット代が高いし、公演時間や回数の問題もあり、お勧めするのをためらったり、勧めても行けない状況だったり難しい点も多い。ただ都立総合芸術高校で教えていて、生徒と一緒に、演劇を素材に社会について、歴史について、言葉について、他の芸術について考える授業をすると、子どもたちが、未知のドアを次々に開けてゆく様子を目の当たりにする。演劇は単に観劇だけでなく、非常に可能性が高いジャンルの一つだと感じている。そういうことも含めた芸術の可能性というのは、市民社会の中に不可欠だといえると思う。

菊池

私は、アメリカに長く住んでいて、自分のアイデンティティーを見つけ出していく際、アートに救われた。特に現代アートというものは、固定された考え方を壊し、新たな問いを生み出だす力がある。同時にアートは、簡単にはわかりにくいもので、解釈・問いに対する答えが千差万別で、それぞれの個性や違いを尊重するからこそ、生活をしていく上で必要不可欠なものであるという熱い思いがある。一方、あくまでも私が持つ印象は、実演芸術は、ある意味完璧に仕立てられすぎて、閉じてしまっている部分があるように見受けられる。ただ、その何かを極めた芸能・物語を体験することからしか得られない学びもある。それをどう日常に伝え、落とし込んでいくのか。藝と聴衆を結びつけるためのアクセスを多様化する役割に人が関わり、みる人、興味がある人にあった方法で藝の魅力や面白さを伝えるような時間と文化をはぐくむことが必要だと思う。そして、単純に「すべてをおもしろいと思わなくてもいい」ことをリマインドすることも大切。実演芸術をあまり見に行かない人が、高いお金を払って見に行ったとする。その場合、知識というハードルを超えることなく、個人としての作品批評にたどり着くどころか、どこかで「良い作品」と思い込むことで、自己肯定をした体験を持ち帰る。大半が、こんなもやもやした理由で、実演芸術とは縁遠くなる気がする。単純に、内輪の人間が実演芸術の有用性を考えるのではなく、受け手の思いや考えを考慮する。そして、実演芸術を、少し遠い所から俯瞰して、社会の中での位置付けがもう少し見えてくれば、必然的に実演芸術は、生活や日常に不可欠になると思う。

批評、評価について

シンポジウムの様子
中村

今の日本の中で、本当にきちんとした評価や批評というものがない。それが一般の人から実演芸術を遠ざける原因の1つなのではないか。

食べログというサービスは、玉石混合のところもあるが、批評の量を重ねていくことにより精度が高くなって自分好みの店が分かるようになってきている。ああいう風な批評空間が日本の芸術文化の分野に必要なのではないか。

バラカン

東京にきて40年になるが、どうしてこの国に厳しい批評がないか不思議だった。原因の1つとして、書く人が興行主から招待券をもらって見に行くから悪く言えないのではないか。もう一つは、個人的に思ったことを強く言うと、周りからたたかれるという社会的な風習があると思う。それら全部が重なって、批評というものが非常に成立しにくい。いくつかの専門的な雑誌にはちゃんとした批評があるが、読者は少ない。ネットの誕生によって、その辺はある程度是正されているのかどうか。

杉浦

僕自身は、インターネットの普及によって批評文化というものがさらに薄れてきている気がする。それは、バラカンさんのおっしゃる通り、なにか周りと違う意見を発信すると、匿名で攻撃するような人たちから集団リンチみたいな目にあうことが増えていて萎縮を招いていることも理由にあると思う。

また、SNSの普及により、審美眼がある方によって品質が保証されたものより、隣人や友人が言ったものが評価されていくということが増えた。見ず知らずの偉い方の話よりも仲の良い人たちに言われることの方が求心力が強いので、そういう意味では文化の循環は、ある一部の批評家の権威主義ではなくなったという意味で、ポジティブにも捉えることができるのではないか。

また各々興味のある作家に対して書かれた批評は、叱咤激励を含め興味深く読むが、知らない分野だと全く目を通さない。批評は、作家に対してより良い作品をつくって貰うために機能するが、見る側や読み手にとっては詳細な批評より、むしろお勧め記事のようなもののほうが機能すると考えている。

山口

厳しい批評がメディアに載りにくいのは、興行主との関係のせいではないと思う。日本の演劇についていうと、ロングランがほとんどなくて、公演期間が短い。新聞での掲載頻度は少なく記事の長さも限られる。そういう環境の中で、どの作品を載せるかを考えたら、一般的には、わざわざ批評するために取り上げるよりは、こんな面白いものがありますよ、こういう見方をすると面白いと思いますよ、というようなことを掲載し、読者に伝えていった方が建設的だと思う。

新聞に書く者の社会的機能は、たくさんのものを観ることで自分の座標軸というようなものが出来て、自分の好みとは別に、今、社会の中で何がどう起きて、こういう作品はどういう位置づけと見たらいいのか、こういう風に見たら良いのではないかということを読者のために提示することだと思っている。実演芸術は消えていくものだから、それを言葉で残すことが大事。批評は、その作品の上演の記録にもなるわけで、新聞は、少なくとも何万人の方が記事に目を通す。舞台を生で見ることのできた人数よりはるかに多い。だから間違ったメッセージが残ることのないよう、極力正確に描写し伝える努力をしている。

菊池

バラカンさんの意見にはとても共感できます。例えば同じことを言っていても、批評家の人種、エスニシティといった文化的背景・観点によっては、全く文脈が変わってきこえる。批評というものは本来、批評する人の視点や人物像と密接した、個々に紐づいたものであると思うが、日本では、批評する人の顔が見えない場合があって、共感しにくいところがある。また、匿名者によるものは、信ぴょう性がなく批評とは捉えがたい。

これは、評価以前の話かもしれませんが、自分の言葉に責任を持って言えるのであれば、ある程度言いたいことを言えばいいと思う。しかし、建設的な批評は考慮すべきで、誰に対しての語り口か、どのように言葉をつづればよいのか、不特定多数へのものでなく、相手ありきの批評を期待している。特に私は、子どもと関わる仕事が多く、大人の事情を過敏に感じながら物をとらえる子どもに対して、責任ある言動、アートや芸能の尊さ、必要性を示す姿勢は、どのようにあるべきなのかと常々考える。

教育について

シンポジウムの様子
中村

生徒が教師から一方的に学ぶのではなく、教えると学ぶが同時並行で進んで、その時間を経た後、自分の価値観が間違っていたかもと思えるような、ワークショップなり教育があってほしいと思っている。また、ワークショップのような活動も、批判ではない、ちゃんとした批評にもっとさらされる必要があると思う。私の見るところでは、ワークショップという名前だけれども、まだまだコーディネーターがすべてを仕切っているようなものが多く、あんまりよくないと思っている。そして、ダイアローグというのは、対話の結果、自分の価値観が大きく変わることもあり得るという、可能性の開いたものだと思うが、コミュニケーションの中でも、日本人が苦手といわれるダイアローグ(対話)がもっとこういう場にあった方が良いと思う。

山口

日本人はダイアローグが苦手と決めつけるのはよくないと思う。特に高校生とつきあって、それを感じる。総合芸術高校で鑑賞の授業というものをやっている。生徒たちは、ある舞台作品を見て感想文を書き、授業で読み合う。様々な感想が出るわけだが、私がそこに発火点になりそうなヒントを投げかけると、みんなであの場面はなぜこうなのか、違うのではないかなどと、いろいろな意見が出始める。そこでは相手の意見を聞き、考えるという対話が成立し、それぞれの生徒が、友達との意見交換によって、新しいものの見方を獲得する。そして、最後に「すごく面白かった」と言う。演劇は、学校のカリキュラムになく、正解がない。こうした自由度の大きい芸術は、ダイアローグする題材として可能性があるなと思う。

菊池

教育というものは、時間のかかるものなので、そういう仕事をしていて成果をすぐに求めてはいけないと思う。今はワークショップとか学校の概念を超越した形の学びの場は増えているが、先生やファシリテーターがいて、知識の共有がベースにあるという点で、両者にあまり変わりはない。上からの教育をするのではなく、子どもたちから何かを導き出すようなエデュケーションのフレームを作りたい。

場の問題、実演芸術の未来・・・

シンポジウムの様子
バラカン

僕は昔から残念に思っていることのひとつが、日本のライブハウス。日本でライブをするときに、まずその空間を借りるためにお金を出さなくてはいけない。演劇、画廊問わず貸し空間化している。大体どこの国でもオーナーが良いと思ったバンドに最低限場所を与えるが、日本では若い芸術家、実演家が育ちにくい状況だと思っている。

中村

東京はまだよくて、地方はどんどんライブハウスも減って、場が衰弱しているように感じる。ジャズバーなどは個人経営で、東北などでは震災の影響で危機に陥ったところも多かったので、パブリックなサポートを含めて、何か地域で考えなければいけないとずっと思っている。

福島

2016年に劇場・ホールが不足するという問題もあるが、実際、民間の経営が立ち行かなくなっているというのがものすごく多い。特に主体的に運営した結果、安くあるいは無料で、実演家に提供する劇場や、母体の企業の経営が悪化した劇場は立ち行かなくなったりする。地方、それから寄席や落語といった演芸の世界でも同じようにこれらは大きな問題である。しかも民間だと国や自治体はお金を出さないのが現状なので、それをどう乗り越えるかというかという、大きな課題が今ある。

菊池

生活というのは制約がたくさんあるが、そのなかから新しい創造をしなければいけない。例えば、今はインターネットの中に新しい“ライブハウス”があるといえば言える。時代が変わっていく中で、同時代性のなかで最大に価値のあるものは何で、それをどう見出して我々がどういう価値と価値を交換していかなければいけないか、自分たちの生活に密接になるほど必要不可欠になってくると思う。

山口

東日本大震災の直後に、劇団四季が子どもたちにミュージカルを見てもらうために、東北を回った。学校の体育館などでの上演だったが、その公演を見た子どもたちは、物語や作品のテーマより前に、目の前に現れた、プロの俳優の声や身体に「すごい」と驚きの声をあげ、感動していた。実演芸術のプロには、研ぎ澄ました何か、高い技量や見識があると思う。実演芸術を社会の中で位置づけようと考える時、とかく、全体の底上げや、親しみやすさ、みんなが参加できるように、という方向に進みがち。もちろん、そういう面も大事だが、プロの凄みを伝えることも重視するべきだ。私はやっぱりとてつもない何かが観たい。芸団協は、その本当に素晴らしいプロの方の価値は何かというのをきちっと語るべきだと思う。

杉浦

2013年に1年間だけシンガポールに移住したが、シンガポールは経済の発展が目覚ましい国である一方、人口の40%が外国人であるため、シンガポール人としてのアイデンティティーを常に模索している。ロック・バンドにすら国が補助金を出して、何とか自国の文化を作らなければと政府も躍起になっている。一方、日本は外国との摩擦が少ない分、その点は恵まれているのではないか。しかし今後、その摩擦が増え、グローバルな社会になっていったとき、「自分たち日本人って一体なんだっけ?」と問い直すことになる。そういうアイデンティティーを模索する時に重要な手掛かりになるのが芸術文化だと思っている。文化芸術を意識せざるをえない社会状況が到来したときには、そこに必ずニーズがついてくるので、私は「芸術は不可欠だ」とみんなが言う未来がくると思う。

バラカン

自分が感動したものを、誰かに伝えるというのが1つの課題なのでは。僕らは実演芸術が不可欠だと思っているので、そうじゃない人たちに対してとにかく情熱を伝えることが大きいと思う。

中村

今の日本の芸能を見ていて、こんなものにお金をかけるかなとか、お金をいただくのかと思う事がある。身近さゆえそれらが良いと考えるのも事実であるが、プロの凄味というのはとても大事なことで、専門家として考えなければいけないと思う。その一方で、日本ではお稽古事の文化がすごくあって、そういう中で支えられてきたのも事実なので、そうした小さな場がどう継続され、つながっていくのかということも考えていきたい。

最初に「フレーム」が大事と言ったが、ムーブメントをつくっていく、ムーブメントというのは誰かがやり始めたことを、最初の1、2、3人とフォローしていく、その初期のフォロワーをどう創るかというのが、戦略的にとても大事だと思う。だからこれを実演芸術の分野でどう考えていけるか、みなさんとご一緒に考えていきたい。

福島

中村先生が指摘されたフレームの問題ですが、地域にとってとか経済にとってとか、相手の作ったフレームに合わせて提案をしてきた結果、そのフレームを乗り越えられないでいる感じがする。もっと本質的に芸術がなぜ必要なのかということでの新しいフレームを提案できなければと思うが、それには相当、実演家自身の意識も変わらなければならない。

2016年の劇場問題を提起する際、観客。聴衆が困るという物の言い方をした。受け手にとってどうであるかという視点で実演芸術の今日、今後を考えないと、ロビー活動をしただけでは政治家や行政に「納税者が払う気がないからね」と言い返されてしまう。とにかく我々としては、身近な人、納税者にどう本当の感動を伝えていくか、またその価値をどう語っていくかが大きな課題と思った。これを踏まえて芸団協として次の課題も考えていきたい。

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