2021.01.01

インタビュー「あの先生の “たからもの”」杵家弥七先生(三味線) 

新しい年を迎えました。
みなさんが健やかに過ごせますように。伝統芸能のお稽古を楽しめますように。
講師・スタッフ全員で心から願っています。

先生たちの “キッズ時代” や “たからもの” にまつわるエピソードを紹介するシリーズ企画。
令和3年のはじまりに登場するのは、長唄/三味線コースの杵家 弥七(きねいえ・やしち)先生です。

どっしりと構えおおらかな一方で、ミステリアスで謎も多い(?!)弥七先生に、ご自身の“たからもの”をキーワードにお話を聞きました。
お稽古場ではなかなか見えない先生の「素顔」を、少しだけお伝えします。


チャンスは6回。弾けなければ張り扇が飛んでくる!

— 先生がお稽古をはじめた頃のことを教えてください。

師匠は人間国宝の杵屋栄二先生といって、僕が先生のところに上がったのは小学2年生の時。会派を受け継ぐ家に生まれたので、3つの頃から三味線の手ほどきは受けていましたが、師匠にはイチから教えていただきました。学校から帰ったらすぐに遊びに行きたいのに、毎日のように「お稽古をしなさい」と言われるのがとても嫌でね(笑)。
師匠は厳しい方でした。お稽古に行くと、まず3回弾いて見せてくださるので、それを黙ってじっと見る。続いて、また3回弾いてくださり、この時は師匠の手を見ながら一緒に真似をして弾いてみる。譜面なんか何もないの。それで、合計6回弾くと、師匠はパッと三味線を置いて「はい、お帰り」とおっしゃるので、僕も「ありがとうございました」と言って帰る。それだけ。これが、この頃の僕のお稽古でした。次のお稽古の時に弾けていないと、無言の張り扇が飛んでくる。僕がスッとよけるでしょう。すると、さらに怒られたりして(笑)。6回で覚えないと「お前さん、やっても無駄だから、もうお辞め」と言われてしまいますから。

お稽古場はいわゆる料亭で、入ると3畳くらいの控えの間があり、そこで師匠がお稽古をしていらっしゃいました。その先にある大広間で、ずっと自分の稽古の順番を待っているわけ。予約も順番取りもできなくて2〜3時間くらい、ただひたすら待っていました。お稽古は到着順ですが、そこに芝居の合間に歌舞伎役者さんがお稽古に来ることがあって。すると、内弟子さんから「ちょっと入れてあげて」と言われて、がっかり。待つだけでも大変でした。

三味線一本と決めるまで。父が教えてくれた楽しみと僕が好きだったこと

— 先生がお稽古のほかに興味のあったことを教えてください。

幼い頃、親父が泳ぐことと山に登ることを教えてくれました。泳ぎは谷川で覚えたからものすごく馬力があって、人を背中に一人乗っけて泳ぐことなんか平気でした。潜るのも大好きで、谷川の縁の滝がわあっと落ちているようなところに飛び込んだりして遊んでいました。
山登りも「小学校に上がったら1,000メートル以上の山に連れて行く」という約束を楽しみにしていたことを覚えています。親父がテントなんかを全部背負ってくれて、山の中で一晩泊まったりして。家に帰ると、親父がお袋に「今日もこの子はよく歩いたよ」と褒めてくれるのが嬉しかったのだと思います。中学2年生の時に槍ヶ岳、3年生で白馬の大雪渓に登り、高校生ではワンダーフォーゲル部で初めての北アルプス縦走をやり遂げ、先生も真っ青(笑)。ひたすら歩くこと、ただ泳ぎ潜ることが楽しくて大好きでした。そうして培った体力がいま、特に長い曲を演奏する上では役に立っているようです。

そして、演劇です。演劇が盛んな小学校で、5年生になると脚本を書いたり演出したりしてね。高校2年生まで役者を続けて、最後の作品はジュリアン・リュシェールの『海抜三千二百メートル』。3年生からは照明を担当するようになり、大学では演劇以外の公演や映画でも照明をして、その技術を磨いたんです。とにかく仲間とのめり込んでいました。僕は芝居が大好きだった。

二十歳の時、やはり僕には親の後を継ぐしか道はないと思ったんです。そうと決めたら、即行動。たくさんあった趣味を全部まとめてドンと捨てて、三味線に集中しました。
それでも、芝居だけは卒業するまでやめられませんでした。

ことば数の少ない師匠からいただいた三味線のバチ

— 先生の”たからもの”を教えてください。

師匠からいただいた三味線のバチです。小さめのバチなので、身体の大きな僕の手には合わず、いまは実際に使うことはないのですが、たからものとして大切にしています。
僕が結婚する時に師匠にお仲人をお願いしました。師匠は気難しくて偏屈な方だったから、七十歳を過ぎても一度も仲人をしたことがありませんでした。畏れ多くて、師匠に頼む人なんていなかったとも言えますが(笑)、僕が最初にお仲人をしてもらい、その時にお祝いとしてくださいました。普段からほとんどものを言わない方でしたけれど、喜んでくださったのだろうと思います。だから、たからものと言えばこのバチ一丁だけ。

もう一丁は別の方にいただいたのですが、インド象の象牙でできた非常に珍しいバチです。大変柔らかく、力の強い僕が使うと先が飛んでしまうので、これまた普段は使っていません。我々は “肌合い” と言いますが、この材質が持っている柔らかさはほかとは全く違うものです。柔らかくて綺麗な音が鳴る貴重なバチです。


photo: 師匠からいただいた“たからものの一丁”と貴重なインド象のバチ

— お稽古に励んでいる子供たちへメッセージをお願いします。

どうやっても弾けなくて、壁に当たってしまうことがあると思います。そういう子は少し “ぶきっちょ” なんです。だけど、僕はぶきっちょな子が大好きです。そういう子は「出来るようになりたい!」と思って、しっかりと練習をしてくれるから。練習してくれれば必ず上手くなります。芸は身につくものですから、誰にも盗ることができません。ぶきっちょな子に会うと「絶対に辞めるなよ、続けてくれよ」と、いつも言うの。自分の実体験として思っていることです(笑)。
舞台なんて責任重大で辛くて苦しくて「早くやめたい」と、そんなことばかりを思っていたけれど、ようやく最近「舞台って楽しいな、まだ幕が下りなければいいのに」と感じられるようになりました。[談]


photo: コロナ禍においてもアートの灯は消さない。

「アートにエールを! 東京プロジェクト」配信用映像収録の様子(於:紀尾井ホール)

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