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2015.07.16

アーツマネジメント連続講座 講座④『公演を制作する―企画実現へのプロセス』6月2日レポート

DSC08842講座④『公演を制作する―企画実現へのプロセス』の2日目は、株式会社ジャパン・アーツ海外事業部部長の乾美宇氏にお越しいただきました。

まずは、お勤め先であるジャパン・アーツの事業内容のご紹介から。ジャパン・アーツは海外の劇場、オーケストラの招聘公演を数多く手がけるクラシック音楽業界最大手の制作団体のひとつですが、70名近い演奏家を擁するアーティストマネジメント組織としての側面も持っており、これらの所属アーティストによる公演も多数制作しています。

DSC08863今回は、数ある自主制作公演の中から、團伊玖磨氏が作曲したオペラ『夕鶴』の新演出公演の際のお話を中心に、企画立案から制作までのプロセスをお話しいただきました。

この公演は、かつて團伊玖磨氏から「君もいつかこの役を…」と言われたという、ソプラノ歌手の佐藤しのぶさんからの提案により企画がスタートしたそうです。ジャパン・アーツはこの公演を制作するにあたって、「主演=佐藤しのぶ」という要素の他に、どのような組み立てを行えば成功するのか、客観的な検証と話し合いを重ねたそうです。

検証内容の1つめは「いつやるか」。
この公演は、演出の市川右近さんや舞台美術の千住博さんをはじめ、様々な分野の方々が関わるため、全体のスケジュール調整はとても難航したとのこと。また、この新演出作品で採算をとるためには最低でも10回の公演が必要と判断されたため、公演の実施期間も長く調整しなくてはなりませんでした。
まずは公演時期を設定し、そこから逆算して、宣伝とチケット販売の戦略を組み立てます。

検証内容の2つめは、「どこでやるか」。
まずはオペラ公演ができる設備・機構を備えた会場であるかどうか。そして、1,000人単位のキャパシティが確保できるかどうか。オペラ公演ではこの2点がとても重要です。
客席数はチケットの単価に直結します。たとえば、海外から招聘するオペラのように莫大な製作費がかかっている作品の場合、最低でも2,000席はないとチケット代が大変高額になってしまい、逆に売り出しづらくなってしまうのです。

検証内容の3つめは、「だれが何をやるか」。
公演がより多くの方に受け入れられるためには、ある種の共通感覚、期待感、話題性が重要であると同時に、持続性や将来性も見極めていく必要があります。
オペラ『夕鶴』の場合は、「鶴の恩返し」という誰もが知っているストーリーという「共通感覚」があり、團伊玖磨氏の『夕鶴』の新演出であるという「期待感」があります。さらに、主演は佐藤しのぶさん、指揮者の現田茂夫さんは佐藤しのぶさんのご主人でもあるという「話題性」。そして、演出は歌舞伎俳優の市川右近さん、舞台美術は日本画家の千住博さん、衣装はファッション界重鎮の森英恵さんが手掛けるという点も十分な「話題性」を提供しています。

乾さんは、制作に重要なことは「客観性」であると繰り返し述べられました。
人々の関心を引く仕掛けを企画の随所に施していくためには、制作者として公演を少し離れたところから観察するような「客観性」が求められるのではないでしょうか。

DSC08870講座の後半は、予算や契約、手配業務など、公演制作にかかる具体的な実務について。

予算書は一度作成して終わりではなく、企画の変更とともに常に更新されていくものです。何枚も何枚も予算書が書き換えられるのは日常茶飯事で、時には企画の段階で撤退を決断することもしばしばあるそうです。
そして、予算を作成・管理していく上では、損益分岐点の把握が重要です。
このアーティストならばいくらのチケット料金が設定できるのか、会場のキャパシティの何パーセントのチケットセールスがあれば赤字を出さずに済むのか、想定される収益から必要経費を常に差し引きながら損益をシビアに見つめなくてはなりません。

一方で、新人アーティストの売り出しのように、即時的な損益を度外視したある種の「投資」を行っていくことも、アーティストマネジメントにおいては不可欠な取り組みのひとつです。
ジャパン・アーツ所属の若手ピアニスト、牛田智大さんのコンサート・マネジメントを具体例に、若手アーティストに対してどのように投資し、どのようにその費用を回収するのかを見ていきました。
このお話しについては、受講者からも「とても参考になった」という声が多数聞かれました。

また、契約書を交わす上で見落としてはならないことについても、ご自身の経験に基づいて丁寧にご説明くださいました。
アーティストとプロダクションが双方とも日本人同士であると、ともすれば口約束や「言わずと知れた」というような状況に陥りがちですが、トラブルを回避し、公演を無事におさめるためにもきっちりとした契約を交わしておくことはとても重要です。

KAATの堀内さんによる劇場側のプロダクション・マネジメント、ジャパン・アーツ乾さんによる制作会社側のマネジメント、2日間にわたり双方からのお話を伺えたことで、企画から公演までの実現のプロセスが具体的かつ立体的に見えてきたのではないでしょうか。

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