GEIDANKYO 公益社団法人 日本芸能実演家団体協議会[芸団協] 芸能花伝舎 沖縄県

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2017.07.21

「好きなものだけを表現しても、相手には伝わらない?」これからの伝える力を考えるー伊藤総研《アーツマネジメント講座2017 講座4(6/26)レポート》

「これからの沖縄の文化芸術を、どのように展開していくのか?」

沖縄から世界中に沖縄の豊かな文化資源を発信していくために、講師と受講生が一緒に可能性を見つけていく「アーツマネジメント講座」。

前回は、「アイデアを具現化する方法」「企画を実現するためのプロセス」などをグループワークと講座を交えながら考えました。

今回のテーマは、「観客をつくりだす-企画・宣伝力を磨く」。伝えたいことを伝えたい人にきちんと届けるためには、どういった課題があるのか。伝えるために必要な考え方や手順について、雑誌『BRUTUS』の企画・編集などを手がける伊藤総研さんと一緒に考えました。

「自分たちの強みを持つことが、みんなに伝えるための入り口」情報過多の時代に、きちんと伝えたい人に届けるために

伊藤総研さん。『BRUTUS』をはじめ、多くの雑誌や書籍の企画・編集・執筆を手がけるほか、トヨタ自動車「WHAT WOWS YOU.」などのWebサイトの企画制作、映像制作、ラジオ構成作家など幅広い分野で活躍中。

「“伝わる”と“伝える”の違いを考える前提として、“みんなは私のことを好きではない”。そこから、みんなに伝えていくことがはじまると思うんです」   

テレビから流れてくるコマーシャル、駅のなかにあるポスターやチラシ、SNSのタイムラインなど、私たちはさまざまな広告媒体に接しながら暮らしています。こうした情報の渦の中では、ほとんどの人は私のことに興味がありません。だからこそ、自分の持っているもので、みんなが好きだと思ってくれるものを見つけていくことからはじめよう、と話します。

坂本龍一特集も媒体によってテーマはさまざま。伊藤総研は、『BRUTUS』の特集として『はじまりの音楽』を読者に届けた。

「例えば、今年3月に、坂本龍一さんの8年ぶりのアルバムが発売され、同時期に『婦人画報』『SWITCH』『美術手帳』『BRUTUS』『Sound & Recording Magazine』などの雑誌で坂本龍一特集が組まれました。

世の中にあるトピックを取り上げるのは雑誌の命題です。しかし、そのままアルバムが発売する情報だけを伝えても、雑誌の個性は埋もれてしまいますよね。自分たちが持っている表現方法を尖らせ、媒体がそれぞれに切り口を厳選していかないと売上につながらないのです」

『Sound & Recording Magazine』は、コアな音楽好きに向けて、坂本龍一さんがプライベートスタジオでレコーディングする様子を読者に届けました。一方、『BRUTUS』では、坂本龍一さんのとあるエピソードをもとに「新しい音楽の入り口」として33人のアーティストを紹介しました。誰かに届けたいなら自分だけの強みを見つけることが先決。個人も団体もそう変わらない、といいます。

「伝えたいことはひとつだけ」情報は足し算ではなく、引き算していくこと

会場には、文化施設の事業担当者、劇団員や美術館スタッフ、デザイナーといった、制作物の発注と受注に関わる人たちが60名ほど集まった。

昨今、テレビや新聞以外にもネットメディアやSNSから多くの情報を得られるようになりました。スマートフォンなどの登場でライフスタイルやワークスタイルも大きく変化し、現代社会を過ごす人たちは相対的に忙しく、一つひとつの情報(広告)に対して記憶力を使わなくなっています。だからこそ、「伝えたいことはひとつだけ」に絞り込むことが大事です。

では、ひとつに絞るとはどういうことか。大丸松坂屋百貨店のWebメディア「Future Is Now(以後、F.I.N.)」を実例に考えました。

大丸松坂屋百貨店が「5年後の未来定番生活を提案する百貨店」を掲げ、創設した未来定番研究所。F.I.N.はそのビジョンを実現するためのメディアとして運営されています。

伊藤さんは、クリエイティブチームとの一員として、F.I.Nの立ち上げから関わり、「未来の定番生活は今の中にある」という仮説設計などメディアの編集方針を立てたといいます。

「私たちが伝えることはひとつ。『きれいに着こなすために、心がけていることを教えてください』といった問いに関する答えのみ。答えてもらうのは、さまざまなジャンルで目利きとして活躍する人たちです」

ここで、どうして「買う」ことを促すことのできる通販機能をあえて付けなかったのか、大丸松坂屋百貨店からも指摘をもらったと話します。

「通販機能をつけてしまうと、そこに『物売り』のイメージが出てしまいます。それに『売る』ことに意識が向き、次第に売れるものだけをラインナップにするメディアになってしまう可能性がありました。これでは、F.I.Nが目指す未来を提示することができない。

あえて目利きたちの『未来問答』に対する答えだけに絞ることで、業界誌などの注目を得ることに成功しました。これはアートディレクターによるF.I.Nのビジョンを伝えるための最適なデザインなども欠かせない要素でした」

制作者と発注者 表現方法に対する理解度がクオリティに直結する

チラシやパンフレットにおいて、届けたい人に向けてデザインを尖らせることも、伝えることには欠かせない要素だという。

講義の終盤は、受講者がそれぞれ持ち寄ったポスターやチラシなどの具体例を使って、表現方法のポイントを解説しました。

公共施設でありながら、他の会館とは別の切り口で作られたチラシ。引き算しながら作られたデザインを見て、「発注者の勝ち」だと伊藤さんは唸る。

「私は、ミュージックタウン音市場(沖縄市)で行われる開館10周年記念コンサート『5人の響縁』を企画しています。出演者がイケメン揃いということで、直球のメッセージとビジュアルで訴えたいと思い、あえて料金は表面に載せないデザインを発注しました」

と、受講者の一人が持参したポスターを説明します。

伊藤さんは、チラシの中身を丁寧に吟味したあと、「完璧な発注とアウトプットで仕上がった制作物ですね。デザインを依頼するとき、表面に情報を詰め込みたくなりますが、出演者情報もあえて裏面にまとめています。このように発注者側も表現に理解があると制作物のクオリティが上がってくる、良い例です」

「好きなものを表現しても、相手には伝わらない?」コミュニケーション設計における3つの心構え

伊藤さんは、受講者の説明に耳を傾けながら、一人、また一人と言葉を吟味して応えていきます。子ども向けの企画や美術館のセミナーなど、そして創作ミュージカル団体パフォ部が主催する「Re FLOWERS」のチラシ。

「自分たちのミュージカルをどのようにすれば知ってもらえるか。表現という伝え方を考えるきっかけになったものです」と受講生は話す。

「このチラシはミュージカルの可愛らしい雰囲気があるものの、顔に寄った写真を使っているので少し生々しく伝わってしまいます。もったいない。写真が良い悪いではなく、もう気持ち引いて使うなど、女の子がもっと可愛らしく見えるようにするのがいいかな。そうすると、タイトルも際立つと思います」

他にも、字数のルールを設けることや、ターゲットによってデザインを変えるといったアドバイスも。

制作物に対する総評を終え、制作物のコミュニケーション設計についても、言及がありました。

「自分が好きなものを表現しているだけでは、みんなはこちらを向いてくれません。編集者の視点から考えると、相手と丁寧なコミュニケーションするためには、準備と心構えと割り切りが必要だと思います。

そのなかで、『誰に伝えたいかを絞る』『そのものが持つ独自性を見つけ、強みにしていく』『言いたいことはひとつだけ』、そうやって、伝える力を突き詰めていくのです」

「伝わる」と「伝える」。伊藤さんが見える編集の視点は、みんなに何となく伝わっている抽象度の高い情報を、伝えたい人によって解像度を上げていき、好きだといえるまでスリムかつ具体的にしていく、本質を捉えたものでした。

編集記 自分だけが感じる再現性で、沖縄の魅力を捉えてみる

会場の熱気そのままに、講義の副題にある「企画・宣伝力」についても質問が挙がった。

「SNSを使って宣伝していきたいのですが、それぞれの特性はありますか?」という質問が受講生から挙がると、伊藤さんはこう伝えます。

「SNSはケースバイケースでして。グルーピングしやすいFacebook、拡散しやすいTwitter、ビジュアル要素が強いInstagram、さらにYouTubeもある。個人的にはどれかに特化すべきだと思います。

例えば、『友達の中では、どんなSNSを使っているの?』と団体内のメンバーにインタビューしてみてはいかがでしょうか。ヒアリングすることで、自分たちの軸足がどこにあるのか気づけるはずです」

さて、沖縄県を象徴する方言として、「イチャリバチョーデー(行き会えば兄弟)」があるように、距離の近い人間関係性の場合、どのように伝えたほうがいいのか。

伊藤さんの言葉に印象的なものがありました。

「私自身の経験上、複数人で企画を考える場合、失敗しやすいのはみんなから『そこそこいいね』という総意が取れてしまったアイデアです。みんなが『すごくいい、ぜひやりたい』と思うものがいい。でも実際やれるのか、他のメンバーが実現性に難色を示しても、自分がその企画を具体化できるプロセスが見えているなら、進めたほうがいいと思います」

自分だけが再現性を持つアイデア、それを考え出すには、企画を尖らせていくために重要だと感じる締めくくりでした。

(取材・撮影、文: 水澤陽介)

事務局から

次回は、「りっかりっか*フェスタ2017」のタイアップ企画として、各国の文化を生かした都市の取り組みや沖縄県内の子どもの芸術体験を考えていきます。場所は、那覇市IT創造館にて開催いたしますので、お申し込みのうえ、ご参加ください。

6月1日~7月28日「アーツマネジメント講座2017」開講!(申込み随時受付中)

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